わたしだけの祝祭の試み 〜IZ*ONE「FIESTA」に〜

わたしのすべての瞬間が美しく眩しい
IZ*ONE「FIESTA」*1

 

FIESTAは、グローバルガールズグループ IZ*ONE が今年2月にリリースしたアルバム「BLOOM*IZ」のリード曲として発表された楽曲である。そして僕がIZ*ONEに出会った曲である。*2

 

IZ*ONEにおける僕の推しはキム・チェウォンちゃんだ。チェウォンちゃんの魅力を語ることはこの記事の目的ではないし、僕の能力に余ることだが、あえて一つ挙げるとしたなら「輪郭線」と答えるだろう。*3

 

輪郭線 世界とあなたを分かつときあなたに多く与える光

 

  

なおいわゆる二推しはキム・ミンジュちゃんである。ミンジュちゃんは美そのもの、すなわち la Beauté である。美のことを考えるとき、僕はいつもミンジュちゃんのことを思い浮かべる。

 

 

 

IZ*ONEはグローバルグループであるが、活動の主軸は韓国、そして韓国語である。IZ*ONEというアイドルとの出会いにより、僕はいくつかの問題に初めて直面した。

 

まず、推しの名前を正確に発音できないという問題である。

これはとても重要なことだ。推しがそのように呼ばれてきたやり方で推しの名を呼ぶこと。世界が推しを形作ってきたのと同じ音の響きで推しの名を呼ぶこと。

それは推しが放つ生そのものの輝きを正面から受け止めるために必要なステップだ。

 

そして最大の問題は、歌詞の意味が分からないということである。

彼女たちのパフォーマンスを、彼女たちが歌っている世界を十全に捉えるためには、当然歌詞の意味するところを理解する必要がある。

IZ*ONEのパフォーマンスは本当にすごいので*4、ある意味歌詞の内容が分からなくても全然楽しめてしまうのだが、僕は決してそこに甘んじられるオタクではない。

彼女たちのパフォーマンスを繰り返し繰り返し観るごとに、意味の分からなさに対するもどかしさと、それを理解することへの渇望は高まっていった。

 

そうして僕は韓国語の勉強を始めた。

 

 ************ 

 

当然最初の関門はハングルを覚えることである。大学時代いくつかの外国語に触れたが、文字を一から覚えなければいけない言語は初めてだった。
母音、子音ともに思ったより数があったが、あの非常に記号的なハングルの文字に、一つ一つ音が対応していく過程はワクワクするものだった。

発音はちゃんとIPA国際音声記号)を参照せねばならない。カタカナ表記に甘えるな。大学時代の経験のおかげで、日本語にない音や、有気音・無気音といった区別もある程度すんなり飲み込めた。大学の勉強は役に立つのである。

 

さてこれで推しの名を呼ぶ準備は整った。

キム・チェウォンちゃんは 김채원 ちゃんである。김채원。口の開け方、舌の位置、呼気の出し方等を意識して、繰り返し繰り返し発音する。あの感じをどううまく伝えればいいか分からないが、 「김채원」は決して「キム・チェウォン」ではない。김채원 には 김채원 の音がある。そのことを感じながら、何度も声に出す。
もちろんそれは誰に届くわけでもない。しかし僕がチェウォンちゃんを推すという行為自体が強く勇気付けられたような気がした。

 

文字と発音が分かって、あとこれが大事なポイントだが、辞書の引き方が分かった。
本当はここから基礎文法を一通りやるべきだが、外国語学習においてはモチベーションの高いテクストに早く取り組むことがカギである。とにかく早くFIESTAを知りたかったので、辞書引きまくれば何とかなるだろうということで、早速FIESTAの翻訳に取り掛かった。

 

FIESTAの最初の単語は「때」である。「時」だ。訳したいと思った詩の最初の言葉が「時」なのはかなりいい。最高だ。僕らは時の中で生きているから。

文法がほとんど分かっていない状態で、ほとんど一語ずつ辞書を引きながら進んでいくのはさすがに難航したが、それでも大体の意味を取っていくことはできた。

 

すべての言葉が発見だった。何気ない単語の一つ一つに確かな手応えを感じ、ときおり現れる「영원(永遠)」などのキーワードに興奮を覚えながら進んでいった。少しずつ少しずつ、FIESTAの世界が僕の前に立ち現れていった。

 

実際のところFIESTAの日本語訳は調べればいくらでも出てくる。しかしそれらを参照するだけでは、この震えるような知的興奮は得られなかっただろう。自分の頭で悩み、手を動かすことを通じて少しずつ果たしていく言語的越境の経験。それによってこそ感得できるものが必ずある。

 

そうして、今見直すとかなり不十分なものではあるが、最初のFIESTA日本語訳の試みは成ったのだった。

 

そこからはFIESTAの他に気になっていた曲をどんどん訳していった。

 

さすがに文法の習得も並行して進めたが、基本はとにかくひたすら辞書を引く戦略だ。翻訳を進めるごとに語彙も増え、生きた文例に触れることで文法の理解・定着にもつながった。これまでに12曲ほどを訳した。

 

好きな曲はあらかたやってしまったので、ここから何をやろうかと思ったところで、一つの考えに至った。

 

歌を訳すんだからちゃんと歌えるようにした方が楽しいのでは?

 

ここまでやっていたのは意味を知るための単純な日本語訳である。そうではなく、歌として歌える形で日本語にすること。FIESTAという歌を訳すこと。

 

それは心躍る予感だった。

 

************

 

FIESTA 日本語版作成にあたって、翻訳の方針は大きく以下の2点とした。

  • 原語の本来の意味を尊重し、大胆な意訳は行わない
  • できるだけ原語の母音、子音の響きを生かせるような訳語・表現を検討する

一点目については、単純に僕がまだ大胆な意訳ができるほど分かってないという意味も含む。二点目は、ここを意識しないとたぶん実際歌ったときしっくりこない感じになる。腕の見せ所だ。

 

FIESTAの歌詞は翻訳するだけなら比較的分かりやすいものであると言えるだろう。おそらく初学者にもハードルはそれほど高くない。

ただ単純な歌詞の翻訳と、歌としての「日本語版作成」は全く異なる営みである。

 

やってみての体感なので言語学上の正確なところは分からないが、多くの基本的な単語について韓国語の方が日本語より音節数が少ない。
たとえば、韓国語で「わたし」は「나(ナ)」である。*5もちろん訳語の選択にもよるが、日本語3音節に対して、韓国語は1音節で済むのだ。
そのため韓国語を日本語に訳すと、基本的に日本語の方が長い文章になる。しかし歌を訳すにあたっては、同じ長さにはめていく必要があるため、当然直訳では立ちいかない。

一度直訳して、音楽に当てはめるために言葉を削っていく。この取捨選択の作業に多くの時間が費やされる。*6

FIESTAの歌詞には非常に多くの「나(ナ)」が登場する。徹頭徹尾「わたし」の歌なのだ。僕にはそのことがとてもうれしかった。と同時に、どの「わたし」を入れてどの「わたし」を削るかというせめぎ合いが常に発生した。

 

また一部はどうしてもある程度の意訳が必要になった。

それは完全に僕自身の解釈と創造の仕事だ。辞書には頼れない。日本語版として表現すべき核心をとらえるため、原文のほか、振り付け、衣装、表情、演出等のあらゆる要素を参照した。

最適な言葉にたどりつくため、ときには自分で歌って踊ってみることもあった。そうした身体的な追体験を通して彼女たちの歌っている世界に迫ることは、とても楽しく、クリエイティブな作業だった。

 

翻訳を通じて、僕は僕自身を試されていた。どの言葉を選び、どの言葉を選ばないのか。どの表現を使い、どの表現を使わないのか。そういった選択のすべては、自分がどう生きてきたかから生まれるものだ。どの選択にも、自分が重ねてきた人生の重さ、あるいは軽さが否応なく乗ってしまう。

FIESTAというこのどこまでも美しく、力強く、永遠にまで接しようとする歌に、自分の人生としてどう立ち向かえるのか。人の生のすべての煌めきを、生きていることそれ自体の祝祭を歌うこの歌に、僕自身の生はどう応えることができるのか。

こうした感覚にときに怯えながらも、何百回と見直したFIESTAのMVはその度ごとに力を与えてくれた。

お前自身の祝祭を開くのだと。この翻訳の営みが僕の祝祭なのだと。翻訳を通じてテクストに新たな光を与え、そして僕自身も羽ばたいていくのだと。

 

こうして様々な感情の果てに、FIESTA日本語版の第一稿はできあがった。ここから自分で歌ってみて調整していくつもりだ。僕とFIESTAの対話が続いていく。だってパーティは終わらないから。

 

 ************

 

さてここまで語っておいてなんだが、実は「公式の」FIESTA日本語版は来月10/21発売のIZ*ONE日本向け1stアルバム「Twelve」に収録される。*7これはIZ*ONEの日本人メンバーの一人である宮脇咲良ちゃんの手になるものだ。僕としては「答え合わせ」であり、参照すべき一つの解釈である。 

izone-shop.com

発売に先立って、咲良ちゃんがパーソナリティを務めるラジオ「今夜咲良の木の下で」で放送されるとのことなので、緊張しつつ楽しみにしている。*8

 

 ************


きみたちが歌う世界に行くための扉と思い開くテキスト

見知らない母音を口にするときのひとりぼっちの心細さよ

永遠の方へわたしも行くために何万回でも辞書を引くのだ

순간が瞬間になる瞬間を重ねて花開く時の色

異国語が詩として立ち現れるとき生きてることの覚悟が滲む

翻訳は野蛮な越境 とりどりの花を谷間にぼとぼと落とし

怯えながら躊躇いながら選び取る訳語は内臓のあたたかさ

生きてきたことに報いるすべとしてあなたと歌うこの祝祭を

 

*1:IZ*ONE「FIESTA」より「나의 모든 순간이 아름답고 눈부셔」の拙訳

*2:IZ*ONEは2018年に韓国のオーディション番組を通じて誕生したグローバルガールズグループである。
なおIZ*ONEは、その成り立ち上活動期間が明確に決まっており、来年には活動を終了する予定である。そうつまり、「限られた時間の中で精一杯輝こうとするグローバルアイドル」なのである。

*3:あくまで今はである。なぜならチェウォンちゃんはあらゆる面で常に最高を更新し続けるから。

*4:本当にすごいのだ。

*5:一人称単数代名詞。目上の人には謙譲語である「저(チョ)」を用いる。

*6:これは短歌を作るときの作業にかなり近いものがあった。なにか新しいことをやると、必ずこれまでの何かにつながっている。すべてに意味はあるのだ。🐶

*7:IZ*ONEが「Twelve」というタイトルのアルバムを出すのはけっこうヤバい。AqoursちゃんがNo.10を出したときくらいヤバい。

*8:咲良ちゃんは本当にまっすぐアイドルというものをやっている。美しい人だ。あとこの記事で書いたことは大体咲良ちゃんがラジオの9/23放送の回で語ってしまっている。9/30まで聞くことができるはずだ。インターネットラジオ|bayfm78千葉のFMラジオ局 bayfm

日常の短歌 第1話

去年の笹井宏之賞に出したものからいくつか。

 

傷つけることへの恐れ方としていつまでも僕の弱い筆圧


実家から雑なLINEをしてきてよ畳の写真とか送ってよ

 

三種のチーズ牛丼正しくオーダーしチーズ牛丼と復唱される


ノスタルジーしたいときは各停に乗る一駅ごとに記憶を開く


広告の動画をやり過ごす間見つめる印象派展のポスター


好きな子の名前パスワードにしてた今だと短すぎてダメなやつ


食べログで3.5点のラーメン屋のずっと壊れている食券機


卒論でやった作家の二番目の恋人の名が思い出せない


暗すぎず明るすぎない照明がちょうどいいわけでもない僕の部屋


「ご自宅用」の言葉の意味が分からずにLOFTのレジでヘラヘラ笑う


10年間通い続けてるヒトカラのレジのお姉さんのスゴい手際


52は4の倍数ぽくないね共感されないことだとしても


ポケットにファミマのレシートくにゃくにゃといつまでも追憶のファミチキ


くせっ毛を活かすっていう概念を教わる八月の美容室


目玉焼きおいしいという価値観を軸にやらせていただいてます


心臓がハーツでハツになったことちょっといいなと思った心


スクランブル交差点を行く人々の各々の途方もない目的地

僕が今ラブライブフェスに行くということ

半年ほど、ラブライブを離れていた。
離れていたというのはそのままの意味で、アニメを観ず、楽曲を聞かず、各種情報をチェックせず、言ってみればラブライブに特に興味がない人とほぼ同じ状態だ。半年ほどと書いたが、具体的にはAqours5thライブの後である。
 
サンシャイン劇場版、そしてAqours5thライブを経て、僕のラブライブという作品への向き合い方は大きな転機を迎えた。そこに描かれていたのは、世界はつづいていくということだった。
作品を追う、享受するというあり方から、作品から受け取ったものをどう自分の人生にしていくかというステージに進んでいった。僕自身の人生がラブライブになったのだ。いや、ラブライブにするのだ。僕自身の手で。
 
その結果、逆説的にというか、ラブライブのコンテンツそのものを追うことが自分にとって必ずしも必要でなくなった。
 
このタイミングでたまたま、PassCodeに出会った。PassCodeというのは2013年大阪で結成されたアイドルグループである。ジャンルとしてはラウドロック、パワフルなバンドサウンドと激しい曲展開、目の覚めるようなシャウト等々を特徴とし、精力的にライブを行なっている。見てもらうのが早い。
PassCodeとの出会いはたまたまGoogleがサジェストしてきた VERSUS PASSCODEPassCodeが例年主催している対バンツアー)の告知記事だった。そのサムネイル画像に何かを感じた僕は、その場でSpotifyPassCodeを検索、最新アルバムを聴いてみた。なんだこれは。一曲目のPROJECTIONで魂を深めのところを鷲掴みにされ、あ、これはハマるやつだという確信があった。YouTube公式チャンネルで各種MV、ライブ映像を漁った。ちょうど夏のボーナスも出た頃だったので、ライブBDも迷わず買った。深みに踏み入っていくのにそう時間はかからなかった。ライブ参戦を決意した。
 
 
さて、ライブ映像を少しでも見てもらえれば分かるが、PassCodeのライブは激しい。各種のライブ的行為が同時多発的に起こっており、フロアがぐちゃぐちゃになるタイプのやつである。ラブライブで客席のうるささにはかなり耐性があるが、アリーナ系会場の指定席しか経験のない僕には、心理的ハードルはけっこうあった。でも行ってみるしかない。だってときめきに出会ってしまったから。
 
 
PassCodeの初現場は、出会いのきっかけとなったVersus PassCodeの大阪公演@なんばHatchとなった。BAND-MAIDとの対バンだ。ちなみにBAND-MAIDも好きです。 *1
そのまま10月からのツアーへの参戦を決意した。参加を重ねるごとに少しずつ身体の使い方がわかってきた。フロア前方を攻められるようになってきた。自分が音楽に合わせて身体を動かすことがこんなにも好きだったのだということを初めて知った。
 
推しと接近できないタイプのオタクだったが、意を決して握手会にも行った。*2 推しの手は人間の手だった。推しと握手しても世界は崩壊しなかった。 *3 ちなみに僕の推しは南菜生という女である。南菜生を人に説明するときいつもちょうどいい画像がないのだが、とりあえずインスタを見てください。 
 
シャウトに憧れ、毎週ヒトカラで練習した。*4 最初は毎回喉を潰していたが、だんだんシャウトらしい音が出せるようになってきた。喉の奥行きを使うのだ。できなかったことが練習によりできるようになるという体験はいつも何度でも尊い
 
本当に僕はまだ自分のことを全然知らなくて、知るためにはやってみるしかないのだ。心にさざ波が起きたなら、踏み出してみるしかないのだ。僕は彼女たちにそう教わったから。
 
2020/1/13(祝)、PassCode CLARITY Plus Tour Final Day2 @新木場Studio Coast、見事2日間ソールドしてみせたその会場で、推しは2021年日本武道館でのライブを目指すことを宣言した。奇しくも成人の日だ。今までこうした具体的な目標の宣言を行なってこなかったPassCodeが、勝負に出たのだ。それはどれほどの覚悟だっただろうか。僕は泣いた。PassCode歴半年だが泣いた。つづくIt’s youでいよいよ号泣した。*5 It’s youはPassCodeで一番好きな曲だが、言葉の一つ一つがあまりにこれまでの、そしてこれからの彼女たちの物語そのものだった。ようやく僕は It’s you という曲を本当に聴けたのかもしれない。
 
 
実はPassCodeのツアーの追加公演とラブライブフェス初日が被ったのだが、ラブライブフェスに行く。正直かなり迷ったが、このツアーファイナルを受けてかえって決意が固まった。僕自身も次の場所へ向かうため、自分の出発点を確かめる必要があるのだ。2020/1/18(土)、さいたまスーパーアリーナにきっとそれはあるだろう。彼女たちに会えるのだ、もう一度。僕が初めてLIVEというものを体験したあの場所で。
 
予習は間に合わないだろう。虹ヶ咲はマジで聴けてない。でもたぶんそれはあまり重要なことではないのだ。ラブライブに人生を跡付けられた今の僕がそこに行くということが重要なのだ。そういうことにしておく。
 
自分の人生がどうとか言っておいて、別のアイドルにハマっとるだけやんけと言われればまあその通りなのだが、PassCodeにハマることができたのもラブライブのおかげだと信じている。ラブライブを通じて多様なジャンルの音楽に触れていたこと、ライブ現場の経験、そして何より起こってしまったときめきを否定しないマインドだ。
 
何を言いたいのかよく分からなくなったが、推しの武道館宣言を受けて何かしらPassCodeを布教する行為をしたかったのと、ようやく自分の中でラブライブPassCodeを接続する何かが書けそうな気がしたので、久しぶりに筆をとってみた次第である。
 
では、さいたまスーパーアリーナPassCode現場でお会いしましょう。

*1:ちなみにそもそもPassCodeの記事がサジェストされたのも、対バン相手であるBAND-MAIDを一時期集中的に聞いていたためと思われる。すべての出会いはつながっているのだ。

*2:握手会前に気を鎮めるために作った短歌です。

 推しに触れることを思えばてのひらに刻まれいたる無数の溝よ
 推しの前に肉体として立つことの無謀な光 さらされている
 推しの眼は動物の眼の一種だと 惑星のごと丸みを帯びぬ

*3:握手会後の短歌です。

 初めての推しとの握手を終えて見る空のどこかに探すひび割れ
 ぢつと手を見るなどという経験がかくして私にも訪れり

*4:PassCodeでシャウトを主にやっているのは今田夢菜さんという方である。今田夢菜さんは壮絶なシャウトをするが、たぶんとってもマイペースな女の子である。夢菜さんがしゃべるときの息継ぎのリズムが大好きです。

*5:僕が号泣してるときにリフト要求してきたやつは許さない

2019旭川 Day1

空港を出ると、白い。すべてが、白い。初期化されたキャンバス。いや、上塗りされた白。

 

初めからそうだったからというような白さで街を塗りつぶしてく

 

バスに揺られて市街地に近づくにつれ、少しずつ色があらわれる。人の営みが見えはじめる。

雪は人間の上から降って、境界を無化する。抗いがたい白に、人間は境界を引き直す。

生きるとは境界を定めることか。 

 

 ***

 

旭川駅に着いて、観光センター併設の食堂で昼食をとる。完璧なたたずまいの食券機で醤油チャーシューめんの券を買い、引き換えに2番の札を渡される。2番さん。旭川での名だ。

 

2番さんであることを受け入れる今ようやくたびの旅の始まり

 

駅近くのホテルにチェックインを済ませると15時過ぎ。半端な時間だが、駅の南側にぽつんとあるらしい、三浦綾子の記念館に行ってみようと思う。とにかく雪道を歩いてみたかった。

 南へ向かう。本来の舗装が見えるまで融雪されているのは本当に選ばれた道だけで、南へ向かう道はひたすらに白い。雪に自分の足跡を刻みながら進む。雪はさらさらとしていて、案外滑る危険は少ないようだった。氷点橋を渡って、氷点通りを進む。氷点、氷点。傲慢な単語だ。世界を二分する。

 

氷点の下に世界は沈みおり 溺れることすら忘れたみたい

 

歩く人は不安になるほど少ない。車通りはそれなりにあるが、雪が音を吸うためか、雪用タイヤの性質なのか、不思議なほど車の音は小さく、どこか遠くの出来事が響いているような感じがする。もぎゅもぎゅと雪を踏みしめる。一歩ごとに一人になっていく。

横断歩道は見えなくて、交差点ごとに、信号と信号に挟まれた一定のエリアをおずおずと歩く。規範とはこのように生まれるのだろう。

 

おそらくは横断歩道である場所をぼくが歩くとおまえも歩く

 

空は順調に暗さを増していく。案内板だけは妙に高い頻度であらわれて、目的地までの距離を感じながら歩く。雪道では普段ほどのスピードが出ないことに、ようやく気づく。大きめの道路を渡って少しすると、歩道がなくなった。車道と思われる場所の端っこを、気をつけて歩く。ほどなく、通せんぼのような高い木々が突き当たりを知らせた。外国樹種見本林。その脇に、記念館は静かに佇んでいた。

 

 ***

 

三浦綾子のことを知らない。せめて読んでおこうと思った『氷点』は結局50ページくらいしか読めなかった。

その生涯をたどったパネル展示を丁寧めに読んでいく。その多作に驚く。乞われて書きつづけたのだ。生きる道をそう定めたのだ。そのようにして書きつづけることの尊さを 少しは知っている。

 

書くことを生きることとは定めたり 軒のつららは研ぎ澄まされて

 

ささやかであたたかくて、複数の愛に支えられた空間に、何かを突き付けられる。

建物を出ると、思い出したように冷気が全身を襲う。見本林の前に立つ。すき間から見えるその先に、意外にも世界はつづいているようだった。

 

果てだよと教えるような見本林その隙間から未来を覗く

 

来た道を戻る。雪がちらついている。

 

 ***

 

 酒を飲む場所を探す。駅で取ってきたぺらぺらのガイドマップであたりをつけ、歩き出す。新子焼というのが食べてみたかったが、なんとなくどこも入りづらく、ぐるぐると夜の街を歩く。

 

 新子焼、鳥の半身、求めあうアンドロギュヌスじゃなかったぼくら

 

ローカルチェーンらしき飲み屋がある。無料案内所がある。ふんわりとした愛称がつけられた一角がある。街の構造を、設計思想を把握する。把握した気になる。基本的に人は少ない。雪は入り口を閉ざしていて、入店までの異なったステップを現出させる。

結局1時間近くも歩き回って、目についた蕎麦屋に入る。地酒地酒地酒。旭川のものではないが、ニ世古彗星という酒が格別に美味い。その名をひとり言祝ぎつつ、今日の旅の正しさを確信する。

 

日本酒に彗星という名をつけることの切実 盃を干す 

 

明日は今日よりも冷え込むようだ。

Aqours 4th LoveLive! のこと

3rdで彼女たちは途方もない高さまで行ってしまって、伊波さんは本当の太陽になってしまって、そんなところにNo.10なんて曲を放り込まれたからかなり戸惑っていたしダメージも受けていたけど、4thで彼女たちがもう一度地上に降りてきてくれたという感覚はやっぱりあって、大切なものを一つも漏らさない手つきで彼女たちの道をたどりなおし、僕たちが追いつく準備を万端に整えてくれた。
 
結局僕はとても情けない声で「じゅぅ…」とつぶやくことしかできなかったけど、直後に「勇気を出してみて本当はこわいよ 僕だって最初からできたわけじゃないよ」と歌いかけられてしまったので、絶対に敵わないとまた思わされてしまった。人生を自分のものにするのにもう少し時間がかかりそうだけど、目覚めたら違う朝であることは希望だと今は思えるから、たぶん前には進んでいける。
 
 
丁寧に落穂を拾うようにしてもう少しだけ地上を歩く
この場所に地上も海も空もある2階席にて太陽となる
並び立つことは覚悟かじゅうと言うときにざわめく心の部分
何度でも出会い直せばいいんだね あなたたちさえそうなのでしょう
まっすぐな道でなくても見渡せる少しだけ高い場所に着いたよ

飯田彩乃『リヴァーサイド』

 

横たはるフローリングの冷たさよここより遠き異郷はなくて

 

9月の休日。もう冷房をつけるほどではないけど何となく蒸し暑い。扇風機は引っ越しのときに処分してしまった。

 

窓を開けてみるも風はなく 、やりきれなさにへたりと座り込む。茶色く光るフローリングのちょうどいい冷たさに気づく。

 

そのまま横になる。求めていた冷たさが背中に張り付き、適切に温度を吸い取っていく。

天井が見える。電気の傘が見える。首を動かすと、ソファーの下の積もったほこりが思いのほかの分厚い。

 

いつもと違う身体の置き方がトリガーとなって去来するものがある。

 

実家を出て12年になる。18のときだったから、成人としての自我はまるっきり東京にある。そのつもりで来た。

 

今、思惑通り東京が好きだ。東京に出てこられたから、生きてこられたと思う。隣人を知らないことを許される場所だから、やってこられたと思う。

 

「ここより遠き異郷はなくて」

 

決して故郷にはならない場所で生きる。一番愛おしい場所を、最も遠い異郷として抱いて。

 

 5首選

ゆつくりと小指で浚ふあやとりの川底にあるそのさみしさを

感情をあなたに言へば感情はわたしのものになつてしまふよ

夕立ちよ 美しいものことごとくこの世のそとに溢れてしまふ

前髪のひとすぢ風に吹き上がりどんな過去にも戻りはしない

横たはるフローリングの冷たさよここより遠き異郷はなくて