飯田彩乃『リヴァーサイド』
横たはるフローリングの冷たさよここより遠き異郷はなくて
9月の休日。もう冷房をつけるほどではないけど何となく蒸し暑い。扇風機は引っ越しのときに処分してしまった。
窓を開けてみるも風はなく 、やりきれなさにへたりと座り込む。茶色く光るフローリングのちょうどいい冷たさに気づく。
そのまま横になる。求めていた冷たさが背中に張り付き、適切に温度を吸い取っていく。
天井が見える。電気の傘が見える。首を動かすと、ソファーの下の積もったほこりが思いのほかの分厚い。
いつもと違う身体の置き方がトリガーとなって去来するものがある。
実家を出て12年になる。18のときだったから、成人としての自我はまるっきり東京にある。そのつもりで来た。
今、思惑通り東京が好きだ。東京に出てこられたから、生きてこられたと思う。隣人を知らないことを許される場所だから、やってこられたと思う。
「ここより遠き異郷はなくて」
決して故郷にはならない場所で生きる。一番愛おしい場所を、最も遠い異郷として抱いて。
5首選
ゆつくりと小指で浚ふあやとりの川底にあるそのさみしさを
感情をあなたに言へば感情はわたしのものになつてしまふよ
夕立ちよ 美しいものことごとくこの世のそとに溢れてしまふ
前髪のひとすぢ風に吹き上がりどんな過去にも戻りはしない
横たはるフローリングの冷たさよここより遠き異郷はなくて